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2016年3月

いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう

日記ならず年記になっちゃってるけど

どうしても書いときたいなと備忘録的に書きます。
タイトルも思わせぶりだし
もう45歳超えたオバチャンには、愛も恋もないしな~と思いつつ
月9だからととっておいた番組。
主人公の出身が、福島県だとCMで見て、どれどれと録画を見出すと・・・
オバチャン、やられちゃったのです。
その中で、特に書いて自分で覚えておきたいなと思ったので、やっぱり書いておきます。
先週のお話しから。
主人公れんを育てたおじいちゃんが
震災の後、認知症→入院→公園のトイレでなくなっているのを発見され
それまでの様々あり、主人公が苦しむ数年があり・・・という流れで
女性の主人公、音がずっとれんが持っていた、おじいちゃんが発見時に着ていたパジャマのポケットから、レシートを見つけて読み上げるシーン。その中に、お酒のワンパックを2個買ってあるのが分かり
れんが「じいちゃんが、酒を2個買うのは種まきした後だけ。1つは自分でもう1つは畑の神様に」というシーンがありました。
私の父が、災害で亡くなったすぐ後、いつも行っていたガソリンスタンドでカードの精算をすると、父が前日に、ガソリンを満タンにしていたのが分かりました。
ああ、父は、生きる気満々だったんだな、この車に乗ってまだまだ色々な場所(とは言え行くのは畑だったり、出荷する場所だったり、町の温泉だったりですが)へ行こうとしていたんだな、と思うと、また切なくなりました。
れんのおじいさんも、生きる事への意欲を最後まで無くしていなかった。
農家が種をまくということは、そういうことです。
亡くなった大事な人の、生きる事への思いに、残された者は気がついて、色々な思いになる、これは同じ思いをしたことがある(陳腐な言い方ですが)人間にしか分からないのかもと思います。
そして、今週、音が、自分の母が亡くなって焼かれる間駐車場で絵を描いていて
ふと空を見上げると、夕焼けが嘘のようにきれいだった、でも誰にも言えなかった、というシーン。
私も、両親が、土砂の中から発見されるまで、家のあった場所の前で、体育座りをして消防隊のみなさんが土を掘っているのを空を見上げて待っていたあの時間。
本当に、嘘のように、夕焼けの映った海がきれいできれいで・・・
そして、そうこうしているうちに日が暮れる少し前
空に、短いけれど、やけにくっきりと美しい虹が、本当に小さくかかったのです。
あの夢のような美しさ。ああ、両親が私にお別れを言っているんだと分かりました。
この世とあの世の間の美しさ、というのでしょうか。
ああ、この世にいるより、父と母はあの美しい世界できっと安らかにいられる、と安心しました。
音が「誰にも分かってもらえないと思って言わなかった」というセリフがあります。
このドラマでは、れんが共鳴してくれるのですが
私自身は、私の色々な思いを共鳴してくれる人にはあまり出会えていません。
でも、もし、思いを共鳴できる人がいたら、すごいことだよな、と思います。
「自分は多数決の少数派の人間だよな」と自分を持て余して生きてきた気がしますし
きっとその思いは今後変わらない気もします。それで良しと思っているし、簡単に分かってほしいとも思っていないです。ただ、そういう思いをドラマを通して、分かってくれる人がいて良かったね、と投影して報われた気持ちにさせて頂いている気がします。
そんな、45歳を過ぎた私だから感じられる様々が、このドラマにはあります。
そして、45歳過ぎたのに、恋愛を語る資格はないと思いつつ。
いくつかの掲示板で、「音はずるい」とか「はやく別れてから、れんとくっつけばいいのに」なんてのを読んだりもするんですが
恋愛って、ずるくて、身勝手で、思うようにいかなくて、自己中心的で
でもその中に、思いやりがあって、誰かを本当に大事に思う気持ちがあって、他人の幸せを願う気持ちも確かに存在して
それが恋愛なので、正しくて、もずるくても、上手く行っても上手く行かなくても
全部が正解なんだと思います。
若いうちの恋愛は、人間関係のノウハウを全身で学ぶ貴重な時。
どんなにきれい事を言っても、恋愛をしていた、人生のうちの、あの短い10数年くらいは
人生の他のどの時間をどれだけ足しても、変えられないほどの、甘い輝いた時代だと思います。あの輝いた10数年がなかったら、きっと生きている楽しさはなかったのではないかと思ったりします。
楽しさだけで言ったら、残りの人生全てを足しても、あの10数年には見劣りがすると思います。
少し前、超有名な女性タレントと男性シンガーの不倫(と私は思っていませんが)が取りざたされたとき、ある引退した元有名タレントが「そんな恋が出来たことは素晴らしい。いったいこの世で何人の人がそんな経験が出来ただろうか」と言って賛否がありましたが
じつは45歳の、結構固い真面目な信用第一の仕事に就いている私も、同じ事を思っていました。「一生懸命恋しました」うん、若いうちは、出来るうちは、一生懸命恋したらいいと思うのです。正しくても正しくなくても。
ただもし、うちの息子たちが後々この日記を見て(読書の嫌いな息子たちなので、限りなく、可能性は低いけれど)私の思いに複雑になってしまったら困るので、加えておくと
私の人生としてでなく、息子たちの人生に、親として関われた幸せは、この上ない幸せです。結婚をして子供を産んで育てるということは、誰かの人生を生きている感じでした。私の人生を生きているのではない感じ。それはそれで幸せな物なのです。分かるかな?マイノリティーな考え方の母なので、親子とはいえ君たちにも分からないかも知れない。でもそれでいいのです。そもそも分かってもらおうと思って生きてきていないので、母はそれで大丈夫なんだ息子たち。
ああ、1時間も書いてしまった.シゴトヲしよう。ではでは。

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